気管挿管による反回神経麻痺

「手術の際の気管挿管によって、声のかすれと嚥下障害が起きました。息苦しい時もあります。数ヶ月で治ることが多いと言われましたが、もう一年半以上続いています。」

この方は大病の手術をしてから喉の調子が悪くなり、麻酔下で行われた気管挿管による圧迫のための反回神経麻痺と診断され、声帯の運動麻痺が生じ声のかすれや嚥下障害などが発生していると説明を受けました。

片側の声帯が動いていないことが分かり、高い音の一部と低い音の一部がしっかり発声できていないことも分かりました。

経過観察をしていましたが飲食をきっかけにむせることがあり、少しすると落ち着くということを繰り返していました。

手術から数か月経った時の食事の際に、ちょっとしたものが喉に引っかかったことがきっかけで、ひどくむせて呼吸が苦しくなったため治療を進めてもらいましたが、経過が悪くこれ以上は治らないと言われました。

呼吸の苦しさを経験してからは、食材をさらに小さくしたり首の向きを工夫して食材の喉の通りを良くしようと注意していましたが、喉に引っかかることはなくならず何度も呼吸が苦しくなるため飲食が怖くなり、嗄声(声のかすれ)や喉の違和感や痰の絡みも強くなりました。

気管挿管による反回神経麻痺は、時間とともに良くなっていくことが多いですが、一部の方は改善しないことがあります。

この方の脈診の結果は、風邪阻絡と血瘀。

二次的に発生した肝気鬱結と、それによる痰気鬱結(梅核気)が症状を強くしています。

この方は、はじめは全身麻痺で無防備な時にエアコンの風などの風邪(フウジャ)が喉に入り込み、気血の流れを滞らせた(風邪阻絡)ため喉の動きが悪くなったはずです。

そこに気管挿管による圧迫が長く続くと、喉の気血の流れは遮断され喉への栄養が滞る(血瘀)ため、喉の動きが大きく低下し声のかすれや嚥下障害が強く現れます。

さらに手術をするに至った大病のための体力低下(気虚)が合わさり、喉の症状の回復が難しくなります。

また呼吸が苦しい・飲食した物がスムーズに喉を通らない経験をすると、怖さから気持ちが乱れる(肝気鬱結)ためさらに喉の動きは悪くなり、喉の閉塞感・喉の中の異物感・考え過ぎる・ため息をつくなど(痰気鬱結)の症状が強くなります。

この方のように、風邪阻絡・血瘀・気虚・肝気鬱結による痰気鬱結(梅核気)と複数の原因が重なると、同じ反回神経麻痺でも症状が強く経過が悪くなります。

風邪阻絡・血瘀・肝気鬱結・痰気鬱結の治療は強めの作用があるので、大病による気虚があることを考え慎重に進めます。

無理に行うと気虚が進み急速に体力が低下するため、反回神経麻痺が悪化したり思わぬ病が現れたり、もとの大病が再発する可能性もあります。

その病に必要な治療法を選択し、その時にどこまで治療を進めるとよいかを判断するのが脈診です。

難しい病と対峙したとき、患者さんの脈に触れることは東洋医学で最も大切なことです。